東京地方裁判所 平成10年(ワ)3129号・平11年(ワ)13132号 判決
平成一〇年(ワ)第三一二九号 不当利得請求事件(甲事件)
平成一一年(ワ)第一三一三二号 建物明渡等請求事件(乙事件)
甲事件原告・乙事件被告 山田昭代
乙号事件被告 山田辰己
右両名訴訟代理人弁護士 佐藤勉
同右 福本嘉明
甲事件被告・乙事件原告 相羽一夫
右訴訟代理人弁護士 相磯まつ江
同右 芹澤眞澄
主文
一 甲事件被告相羽一夫は、甲事件原告山田昭代に対し、七九万一〇四〇円及びこれに対する平成一〇年二月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 甲事件原告山田昭代のその余の請求を棄却する。
三 乙事件原告相羽一夫の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、甲事件について生じたものは、これを一〇分し、その一を甲事件被告相羽一夫の負担とし、その余を甲事件原告山田昭代の負担とし、乙事件について生じたものは、いずれも乙事件原告相羽一夫の負担とする。
事実及び理由
第一請求の趣旨
一 甲事件
1 被告は、原告に対し、九六三万七九七四円及びこれに対する平成一〇年二月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 乙事件
1 被告らは、原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物部分を明け渡し、かつ、連帯して、平成一一年七月一日から右明渡済みに至るまで一か月五四万円の割合による金員の支払をせよ。
2 被告らは、原告に対し、連帯して、七五九万五一三〇円及びこれに対する平成一一年六月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
3 訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。
4 第1、2項につき仮執行宣言
第二事案の概要
一 本件は、甲事件において、店舗の転借人が、当該建物の所有者から無断転貸を理由として明渡しを求められた別件訴訟において転貸人とともに明渡しの和解をしたことなどにより当該転貸借契約が終了していたにもかかわらず、右和解において認められた明渡猶予期間中に誤って転借料を支払ったとして、転貸人に対し、不当利得(支払済みの転借料)の返還を求め、乙事件において、転貸人が転借人の賃料不払を理由に転貸借契約を解除した等と主張して転借人及びその保証人に対し、転貸店舗の明渡し等を求めている事案である。
二 争いのない事実等
1 別紙物件目録記載(一)の建物(以下「本件建物」という。)は、元、船橋茂雄の所有であり、甲事件被告・乙事件原告(以下「被告」という。)は、昭和四七年ころ、船橋茂雄から、本件建物のうち同目録記載(二)の部分(以下「本件店舗」という。)を店舗として賃借した(以下、この契約及びその更新後の契約を「本件賃貸借契約」という。)。なお、本件建物は、昭和六〇年一一月三日の時点では、二見光子、二見紀子、二見幸市、船橋善信、濱田栄子が共有していた。なお、昭和六三年九月以降、本件店舗の賃料は、一か月九万六〇〇〇円となった。
2(一) 被告は、昭和六一年一月二九日、甲事件原告・乙事件被告山田昭代(以下「原告」という。)に対し、次の約定の下、本件店舗をスナックとして賃貸した(以下、この契約及びその更新後の契約を「本件転貸借契約」という。)。
(1) 原告が使用料の支払を一か月以上怠った場合、被告は、催告なくして契約を解除することができる。
(2) 契約解除後、原告が本件店舗を明け渡さない場合には、被告に対し、一か月につき五四万円の損害金を支払う。
その後、本件店舗の敷金は三六万円となり、本件店舗の転貸料は、平成二年二月一日から一か月二二万五〇〇〇円となった。
(二) 乙事件被告山田辰己は、本件転貸借契約の締結に際し、被告に対し、原告が本件転貸借契約に基づき被告に対して負担する債務について保証する旨約した。
3 キクエイ都市開発株式会社(以下「キクエイ」という。)は、平成元年一一月二日、右各共有者から本件建物の共有持分を買い受けた。
4 キクエイは、平成三年六月一七日、被告が原告に対し本件店舗を無断転貸しているなどと主張して原告及び被告を共同被告として、本件店舗の明渡しを求める訴え(以下「別件訴訟」という。)を提起し、別件訴訟において、同年七月三一日、被告に対し無断転貸を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
5 原告及び被告は、平成五年一月二八日、別件訴訟の第一審において、本件転貸借契約が無断転貸に当たりキクエイの解除の主張は正当であるとの理由によりそれぞれ本件店舗の明渡しを命ずる敗訴判決(以下「別件判決」という。)を受けた(なお、キクエイは、同年二月一〇日、別件判決の仮執行宣言により明渡しの強制執行に着手したが、原告及び被告は、その執行停止を受けた。)。
6 これに対し、原告及び被告は、控訴し、平成五年七月一日、控訴審において次の内容の訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。
(一) 被告とキクエイは、本件賃貸借契約を合意解除し、原告は、その解除を承諾する。
(二) キクエイは、原告及び被告に対し、本件店舗の明渡しを平成六年六月三〇日まで猶予する。
(三) 原告及び被告は、それぞれ、キクエイに対し、(二)の期日限り、(四)の金員の支払を受けるのと引換えに本件店舗を明け渡す。
(四)(1) キクエイは、被告に対し、(二)の期日限り、本件店舗及び他の一店舗の明渡しを受けるのと引換えに立退料として二〇〇〇万円を支払う。
(2) キクエイは、原告に対し、(二)の期日限り、本件店舗の明渡しを受けるのと引換えに立退料として一〇〇〇万円を支払う。
(五) 被控訴人は、その余の請求を放棄する。
7 ところが、キクエイは、約定の期日までに原告及び被告に対して立退料を支払わず、原告は、従前どおり、本件店舗においてスナックを経営している。
8 そして、原告は、本件和解後も被告に対し、毎月転借料二二万五〇〇〇円及び消費税相当額(三パーセント)の合計二三万一七五〇円を支払い続けていたが、平成七年二月分から平成一〇年一月分までは、被告のキクエイに対する賃料九万六〇〇〇円に相当する金額を控除した一二万九〇〇〇円に消費税相当額(三パーセント)を付加した一三万二八七〇円(平成七年七月分については二三万一七五〇円(弁論の全趣旨))を支払った。しかし、原告は、それ以降、転借料の支払をしていない。
9 他方、被告も、本件和解成立後も、キクエイに対し、本件店舗の賃料九万六〇〇〇円と消費税相当額(三パーセント)を支払い続けていたが、平成六年七月分からは、キクエイに対し、賃料の支払をしていない。
10(一) 被告は、キクエイに対し、平成一一年三月一九日到達の内容証明郵便により右郵便到達後二〇日以内に立退料二〇〇〇万円を支払うべき旨催告し、右期間の経過した時に本件和解をキクエイの債務不履行を理由として解除する旨の意思表示をした(乙六の1、2)。
(二) 被告は、乙事件の訴状の送達をもって、原告に本件転貸借契約を債務不履行を理由として平成一一年六月三〇日限り解除する旨の意思表示をし、右訴状は、同月二五日、原告に到達した。
第三争点
一 原告及び乙事件被告山田辰己の主張
1 本件転貸借契約の終了
(一) 履行不能による終了
(1) 本件転貸借契約は、本件賃貸借契約がキクエイにより無断転貸を理由として解除された時に履行不能となり、終了している。
(2) 仮に、そうでないとしても、本件転貸借契約は、キクエイが別件判決により本件明渡しの仮執行に着手した段階で履行不能となり、終了している。
(3) 仮に、そうでないとしても、一審の敗訴判決を前提に、控訴審において被告が自らの意思でキクエイと本件和解をし、本件賃貸借契約を合意解除した平成五年七月一日に終了している。
(4) 以上のとおり、本件転貸借契約は、履行不能によって、平成五年七月一日の本件和解成立時までに終了している。
したがって、本件和解成立の日の翌日である同年七月二日以降は、原告の被告に対する本件店舗の転借料の支払債務は発生していない。
(二) 黙示的な合意解除
(1) 本件和解には、本件転貸借契約について明示的に言及した部分はない。しかし、被告とキクエイが本件賃貸借契約を合意解除し、原告がこれを承諾するという形をとっていること、原告は、和解成立時から平成六年六月三〇日の明渡時期まで、「キクエイからの猶予」というキクエイから与えられた権原によって、その間の占有権原を取得していること、右明渡しに対する対価として、キクエイが、直接、原告に対し、立退料金一〇〇〇万円の支払義務を負っていることなどの本件和解の骨子を見れば、被告は、原告の同意の下に本件店舗の賃借権を放棄すると同時に、原告との間で本件転貸借契約を黙示的に合意解除したものと見るべきである。
すなわち、本件和解の成立によって、被告は、本件店舗に関する権利及び原告に対する権利のすべてを失い(義務の負担も免れる。)、以後の本件店舗の占有については、それぞれキクエイと原告との関係、キクエイと被告との関係が残されたに過ぎないものである。
(2) よって、本件和解成立後は、原告の被告に対する本件店舗の転借料支払債務も発生しないことが確定したことは明らかである。
(3) なお、原告は、本件和解によりキクエイから明渡しを猶予されることにより本件店舗の占有権原を与えられており、明渡期限後は、同時履行の抗弁権に基づく占有権原を与えられている。そして、原告は、本件和解後、右占有権原に基づいて本件店舗を占有しているものである。
また、被告は、元来、本件店舗を転貸する権限を有していなかったのであるから、キクエイから本件店舗の明渡しを求められた原告は、別件訴訟の提起された時点から被告に転借料を支払うことを拒絶できたものである。
さらに、原告は、キクエイから平成七年三月一三日付けの承諾書により、平成八年一月末日まで本件店舗において飲食店を営業することについて承諾を得た。そして、キクエイは、その後、右期限を現在まで延長し続けている。
2 不当利得の返還
(一) 原告は、被告に対し、平成五年七月一日から平成一〇年一月三一日までの転借料として、次のとおり、合計金九二八万五四五〇円(三パーセントの消費税込み。)を支払った。
(1) 平成五年七月分から平成七年一月分までは、毎月二三万一七五〇円
(2) 平成七年二月分から同年六月分までは、毎月一三万二八七〇円
(3) 平成七年七月分は、二三万一七五〇円
(4) 平成七年八月分から平成一〇年一月分までは、毎月一三万二八七〇円
(二) 右(一)の支払金のうち、平成五年七月分中の二二万四二七四円(同月二日から同月三一日までの分)とそれ以降の支払金との合計九二七万七九七四円は、法律上の原因がないにもかかわらず、誤って支払われたものであり、被告は、これを不当利得している。
3 敷金の返還
本件転貸借契約は、遅くとも本件和解の成立した平成五年七月一日までに終了し、かつ、同時に本件店舗の明渡しについても原告はキクエイに対して直接の責任を負い、被告に対しては、なんらの義務も負わないこととなったのであるから、被告は、原告に対し、直ちに右敷金三六万円を返還する義務がある。
4 よって、原告は、甲事件において、被告に対し、不当利得金九二七万七九七四円及び敷金三六万円の合計九六三万七九七四円の返還及びこれに対する甲事件の訴状送達の日の翌日である平成一〇年二月二五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をすることを求める。
二 被告の主張
1 本件転貸借契約は、店舗内の造作備品の使用をも含めた本件店舗の一時使用のための使用収益契約である。そして、被告は、あらかじめ、家主から右一時使用契約を締結することについて承諾を得ていた。したがって、本件転貸借契約は、家主に無断でされたものではない。
2(一) 本件和解の各条項は、キクエイと原告及び被告との間のものであって、原告と被告との間の条項はない。
(二) 原告と被告とは、別件訴訟において、一貫して本件賃貸借契約及び本件転貸借契約が有効に存続していると主張し続けていたものであり、原告は、被告に対し約定の転借料を支払い続けていた。したがって、原告及び被告は、本件和解においてキクエイとの間で本件賃貸借契約を合意解除しても、それまでの本件転貸借契約がなんら影響を受けるものではないことを了解していたし、本件和解成立後も、それを前提として賃料の授受をしてきた。
(三) したがって、本件和解により、本件転貸借契約が当然に終了したものではなく、また、原告は、実際にも、現実に本件店舗において被告所有の備品造作を使用収益して営業を継続し利益を上げていたのであるから、本件転貸借契約が本件和解により履行不能となったわけではない。
3(一) 原告は、本件和解後も毎月二三万一七五〇円の転借料を支払っていたが、平成七年二月分から平成一〇年一月分までは、毎月一三万二八七〇円しか支払わず、同年二月分以降は、全く支払をしない。
(二) 原告の平成一一年六月三〇日までの未払転借料額は、次のとおり、合計七五九万五一三〇円となる(平成九年四月一日以降、消費税率は、五パーセントとなる。)。
(1) 平成七年二月分から平成九年三月分まで
一か月九万八八八〇円 合計二五七万〇八八〇円
(2) 平成九年四月から平成一〇年一月まで
一か月一〇万〇八〇〇円 合計一〇〇万八〇〇〇円
(3) 平成一〇年二月分から平成一一年六月分まで
一か月二三万六二五〇円 合計四〇一万六二五〇円
(三) なお、乙事件被告山田辰己は、原告の夫であり、本件店舗において実際に営業を行っているのは、同被告である。
4 よって、被告は、乙事件において、原告に対しては、本件転貸借契約に基づき、その終了を原因として、乙事件被告山田辰己に対しては、連帯保証契約に基づき、本件店舗の明渡し並びに、連帯して、平成一一年七月一日から右明渡済みに至るまでの一か月五四万円の割合による約定損害金並びに未払賃料七五九万五一三〇円及びこれに対する乙事件の訴状送達の日の翌日である平成一一年六月二六日から支払済みに至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をすることを求める。
第四証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第五当裁判所の判断
一 証拠(甲二ないし四、四二、原告本人、被告本人)と弁論の全趣旨によると、本件転貸借契約は、被告が権原により設置している内装、造作、備品とともに本件店舗を原告に賃貸する内容の契約と認められ、これが本件店舗の転貸に当たることは明らかである。
二 次に、本件和解について検討する。
まず、キクエイは、別件訴訟において、原告に対しては、本件建物の所有権に基づき本件店舗の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求め、被告に対しては、本件賃貸借契約又は所有権に基づき本件店舗の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求めており(甲五、二一)、本件和解においては、原告及び被告に対して平成六年六月三〇日まで本件店舗の明渡しを猶予している。
ところで、右のような明渡猶予の条項は、猶予期間中は明渡請求権を行使しないことを約するものであって、その条項自体は、明渡猶予を受けた者に対して積極的に使用権原を付与する内容のものではない。したがって、右のような明渡猶予の条項が設けられた場合において、明渡しの猶予を受けた者が猶予期間中どのような態様で目的物件を使用することができるかは、当該紛争の具体的内容を前提とした上、和解条項を合理的に解釈して決定すべきことになる。
そこで、別件訴訟の内容について見るに、別件訴訟においては、本件転貸借契約が無断転貸借であるかどうかが大きな争点となり、原告及び被告は、転貸につき承諾があったと主張すると共に、転借人である原告は、本件店舗をスナックとして使用し続け、転貸人である被告に対し転借料を支払い続けていたものである(原告本人、被告本人)。そして、本件和解は、そのような状況の下で、キクエイが立退料を直ちに支払うことができないことから、和解成立から一年後の平成六年六月三〇日を立退料の支払日とするとともに明渡期限としたものである(乙三一、弁論の全趣旨)。そうすると、当事者の合理的な意思としては、右のような本件店舗の利用状態を明渡期限まで継続することを当然の前提としていたものと見るのが相当である。
また、本件和解においては、キクエイと被告とが本件賃貸借契約を合意解除し、原告がこれを承諾する旨の条項が設けられているので、原告及び被告が本件賃貸借契約が本件和解により合意解除されることになることを認識していたことは明らかであるが、右条項は、前記の明渡猶予条項と一体のものであるから、原告及び被告は、右合意解除をしても、一年間明渡しが猶予されることにより、その間は、原告及び被告において従前と同様の利用ができるとの前提の下に本件和解に応じたものと認められる。
そして、本件和解においては、猶予期間中、本件転貸借契約をどのようにするかについてはなんら条項が設けられておらず、本件和解が成立するまでの間に原告と被告との間でその点について直接具体的な話合いはされていない(原告本人、被告本人)。そして、前示のとおり、原告は、右猶予期間中も被告に転借料を支払い続け、被告もキクエイに賃料を支払い続けていたものである。
そうすると、本件和解には、キクエイと原告及び被告との関係を定める条項しか含まれていないが、原告及び被告が共にキクエイとの間で本件和解を成立させたことからして、本件和解の際に原告及び被告との間で明度猶予期間中も従前と同内容で本件転貸借契約を継続する旨の合意(以下「継続合意」という。)が成立したものと認めるのが相当である。
もっとも、原告及び被告は、本件賃貸借契約を本件和解の時点で合意解除した上、共に平成六年六月三〇日をもって本件店舗をキクエイに明け渡すことを約したのであるから、原告と被告との間の右継続合意においては、本件転貸借契約を継続するとはいっても、右明渡猶予期間中の一時使用契約として継続することを合意したものと認められる(原告は、本件賃貸借契約がキクエイにより無断転貸を理由として解除された結果、本件転貸借契約は、その時点で履行不能となり終了した旨主張するが、仮に、そうであったとしても、本件和解の際に、右の内容の継続合意が成立すれば、それによって一時使用の賃貸借契約が成立したことになる。そして、右の明渡猶予期間は、原告及び被告の双方に対して与えられたものであるから、右の明渡猶予期間中、被告が本件店舗を原告に使用収益させることができることは明らかであり、本件和解において本件賃貸借契約が合意解除されたことにより履行が不能となるものではない。他方、被告は、本件転貸借契約が有効に存続していた旨主張するが、仮に有効に存続していたとしても、右継続合意により、一時使用の賃貸借契約となったものと認められる。)。
三 そこで、進んで、継続合意後の本件転貸借契約の帰趨について検討するに、右に判示したとおり、本件転貸借契約は、一時使用契約に変更されているから、右明渡猶予期間の経過により終了したことになるところ、キクエイが立退料を支払わなかったことから原告は本件店舗を従前どおり使用し、被告も本件店舗の明渡しをしていないが、右の状態は、原告及び被告が本件和解における引換給付条項に基づき自己に立退料が支払われるまで明渡しを拒絶している状態であって正常な賃貸借契約が継続していると見ることはできないから、原告が本件店舗の使用を継続していても、それによって右一時使用の賃貸借契約が黙示的に更新されたものと認めることはできない。
四 そこで、以上判示したところを前提として甲事件及び乙事件の請求の当否について判断する。
1 甲事件について
右に判示したとおり、本件転貸借契約は、明渡猶予期間中の一時使用契約として存続していたものと解すべきであるから、明渡猶予期間中に原告が被告に対して支払った転借料が不当利得になることはない。
次に、原告は、明渡猶予期間経過後は、立退料の支払がされるまでキクエイに対し本件店舗の明渡しを拒絶することができ、そのように同時履行の抗弁権を行使している間は明渡義務の不履行又は不法行為による損害賠償義務を負担することはないが、その間も本件店舗の使用を継続する場合には、その利益は、損失者に対し、不当利得として返還すべきことになる。
そうすると、本件においては、原告は、転借料相当の不当利得を得ているものと認められるところ、前示のとおり、本件店舗の内装、造作及び備品は、被告の所有であるから、特段の主張立証のない本件においては、そのうち、被告が原告から受領していた転借料とキクエイに支払っていた賃料との差額分は被告が損失を被ったものと認めるのが相当である(原告が、平成七年三月一三日付け書面により、キクエイから明渡猶予を受けたとしても、右の結論は、異ならない。)。
したがって、原告は、明渡猶予期間経過後も本件店舗の使用を継続している以上、本来、右差額分を不当利得として被告に支払うべきことになる。
右に判示したところによると、原告が明渡猶予期間経過後に被告に支払った転借料のうち、被告のキクエイに対する賃料に相当する金額(平成六年七月分から平成七年一月分まで及び同年七月分として各月に支払われた二三万一七五〇円のうちの九万八八八〇円、合計七九万一〇四〇円)については、原告において過払をしたことになる(被告は、キクエイとの間で本件和解を解除した旨主張するが、右解除が有効であるとしても、被告においてキクエイに現実に賃料を支払っていない以上、それによってすでに原告において発生していた不当利得返還請求権が消滅することはない。)。
次に、本件転貸借契約がすでに終了していることは右に判示したとおりであるが、原告は、未だ本件店舗を明け渡していないので、被告に対し敷金の返還を求めることはできない。
2 乙事件について
継続合意後の本件転貸借契約が本件和解における明渡猶予期間の経過により終了したことは前示のとおりであるから、被告の乙事件における賃料請求は理由がない。
また、本件和解においては、原告にキクエイから立退料が支払われるまで同時履行の抗弁権が認められているので、共にキクエイと和解をした被告は、原告において右抗弁権を行使することを承認していたものと認められ、原告においてキクエイに対し同時履行の抗弁権を行使して明渡しを拒絶している以上、原告に本件店舗の返還を求めることはできないというべきである。
したがって、被告の本件店舗の返還請求及び約定損害金の請求も理由がない。
なお、原告が、被告に対し、毎月、転借料と賃料との差額分(消費税相当額を含む。)の不当利得金の返還をすべきことは前示のとおりである。
第六結論
よって、原告の甲事件における請求は、被告に対し、不当利得に基づき七九万一〇四〇円及びこれに対する甲事件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成一〇年二月二五日から支払済みに至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、被告の乙事件における請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を適用して主文のとおり判決する。
なお、本件において、仮執行宣言を付すのは相当ではないから、原告の仮執行宣言の申立てを却下する。
(裁判官 岡久幸冶)
(別紙) 物件目録
(一) 豊島区西池袋一丁目三八番地一所在、家屋番号・三八番一の六
鉄骨造陸屋根屋階付三階建店舗兼居宅
床面積 一階 三六・一二平方メートル
二階 三六・一二平方メートル
三階 三六・一二平方メートル
屋階 五・一三平方メートル
(二) 右(一)の建物のうち二階部分